9:00 PM
あぁ。
また、この季節がやって来たのか--。
車のハンドルを握る私の視界に入って来る、懐かしさを携えた風景。
その思い出はワイパーでかき分けた向こう側に映り、水を落とした水彩画の様にゆっくりと滲んで行く。
私は軽い溜め息をつき、それからゆっくりとブレーキを踏んだ。
「ココイチ原点の味、再現。グランド・マザー・カレー。」
私はこの季節になると、何故か吸い寄せられる様にここにやって来てしまう。
まるで祖母の面影を追うかの様に、だ。
日本が印度になればいいと願った幼少時代。
私は相も変わらず、カレーを愛し続けている。
祖母は、健在だ。
店内に入り、おもむろに席に着く。
飲食店ではまずはここに注意しなくてはいけない。
素人と思われてしまったら、受けられる筈のサービスさえ受けられなくなる可能性がある。
百戦錬磨の手練であるこの私は当然注文に悩む事なく、迅速かつ正確に決断する。
そして冷静かつ大胆に、ボーイに声をかける。
するとその男は、足早に私の元へやって来た。
「いいいらっしゃいませごごごちゅもんをどぞ」
滑舌が、悪い。
そして、早口。
だが、その姿さえも受け入れてこその真の男である。
私は単純かつ明快に注文を伝えた。
「ごごごごちゅもくいかしまぐあまかかかかえーよんひゃぐらかかかにくりーろっとぴいじょでよしでか」
彼が注文を繰り返す意味は、全くなかった。
ちなみに私が注文をしたのは、グランド・マザー・カレー400gにカニクリームコロッケトッピングである。
果たして、この店に私の全てを委ねていいのだろうか?
些か不安になり店内を見渡してみる。
改めて見てみると、様々な従業員がいる。
離婚歴ありのシングルマザー風
研修中の新人学生風
元ひきこもり風など
枚挙に暇がない。
否、従業員ばかりではない。来客も全く同じである。
単身赴任のお父さん風
デート中のカップル風
仕事帰りの労働者風
等々。
その人々が偶然、この日この時間にこの店に集う。
ここはまさに、人間交差点(ヒューマン・スクランブル)だ。
そしてそれぞれの人生の色が溶けて混じり合い、その時にしか出来ない化学変化(ケミストリー)を起こすのだ。
嗚呼。
これは、正にカレーではないか。
カレーを食べに来たにも関わらず、自身の人生もまたひとつのスパイスであると気付かされたのだ。
実に奥深き哉、カレー道。
私はまだまだ、カレーに教わる事が多い様だ。
(第44回 全日本カレー協同組合連合会主催「カレーと私」作文大会優秀賞受賞作品)
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コメント(3)
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Endy

福神漬は隠れた神様です。福神様…
また来ましたね、カニバリズムの季節・・。
今回はクジ引き無しでしたか?
あーー 前の日記、ちゃんと保存しとけばよかったな
全日本カレー協同組合連合会主催「カレーと私」作文大会シリーズ、最高です!
あ、それから千葉山もね♪
ほどぎら様
昨夜はお疲れ様でした。
神様を漬けたものですね。
真由美様
ご要望がある様子ですので、近々以前の作品も掲載させて頂きます。
乞うご期待!