THINK GLOBAL/ACT LOCAL
オレの生まれは、長野県。
オヤジの仕事の関係で沼津に住み着いて、早くも33年余。
11歳の頃、初めてロックを意識して楽器に触った。
15歳の頃、初めてバンドとしてスタジオに入った。
16歳の頃、初めてライブに出演した。
17歳の頃、初めてバンドでオリジナルを演奏した。
18歳の頃、初めて打ち上げに参加した。
19歳の頃、初めてデモテープを作成した。
そして20歳の頃、GOOFY'S HOLIDAYが始まった。
その当時、沼津にはブッキング等をやってくれるいわゆる「LIVE HOUSE」などなかった。
ライブをやるには会場を抑え、バンドを集め、フライヤーを作り、友達にスタッフを頼み、チケットをデザインし、それをコピーして切り、お客さんを集め、出演者が交代で受付をやり、会場の外回りの警備をやらなくてはいけなかった。
まだ、携帯電話どころかポケベルもない時代だ。
やがて、都内でライブをやり始めるようになり、そこで知り合ったバンドを迎えて自主企画を始める。
一番初めの都内からのゲストは、ブッキングで一緒になり初めて自分達に近いサウンドを演奏していたので仲良くなったバンドを迎えた。
そしてそれを皮切りに、まだまだ無名ながら都内で頑張っているかっこいいバンドを呼び始める。
月に一度、定期的にイベントをやった。
しかし地元で一緒に出来る程のバンドは当時1つだけ。
どんなに頑張って企画をやってもお客さんが来てくれなくては仕方がない。
俺達は、2バンドで必死に集客した。
入らなくて赤字の時もあった。
それでも、いいバンドを見て欲しくてイベントを続けた。
そして23歳、自主制作で1stアルバムを作る。
そこから色々な輪が広がり、しばらくするといつの間にか地元ではSOLD OUTが当たり前になった。
それどころか、都内や名古屋などの大都市でも動員記録を塗り替えるほど客席は沸き返った。
だが、オレは決して都内に引っ越そうと考えなかった。
オレが高校生の頃、GUNS'N'ROSESやMOTLEY CRUE、BON JOVIなど華やかでショーアップされたロックが全盛だった。
そんな時代にあるバンドが現れ、あっという間に世の中を駆け巡った。
そのバンドはシアトルの田舎町から出て来たそのバンドは、当時の華やかなショービズ的ロックを全て否定した。
ボロボロのジーンズに毛玉の出来た古着のカーディガン。
伸ばし放題の脂ぎった髪に首周りの伸びたTシャツ。
そのPUNK ROCKとHARD ROCKの奇形児の様なサウンドと、華やかなショービズとは対局の疲弊し切ったアメリカのリアルな世代を代弁する様な叫び声は、その田舎町を越えて世界を変えた。
NIRVANA。
やがてNIRVANAに続く様に、その奇形児的サウンドのバンド達は次々と世の中に現れた。
SOUNDGARDEN。PEARL JAM。ALICE IN CHAINS etc。
そしてその田舎町のシーンのバンド達が、世界中のチャートを席巻するまでそう時間はかからなかった。
それと時を同じくして、着飾ったバンド達はそのスタイルが前時代的な物と気付き、そのスタイルを捨てていった。
そのスタイルを捨てられないものは、淘汰されていった。
シアトルが、世界を変えた瞬間だった。
この出来事が、オレが沼津にこだわった最大の理由だった。
地元バンドの活動の頻度など問わない。
「どんなツアーバンドが来ても、地元バンドが一番愛されている。」
「どんなツアーバンドが来ても、地元バンドのクオリティの方が高い」
「他のどんな街よりも、お客さんの質が高い」
「他のどんな街よりも、ロックが盛り上がっている」
これが最高だ。
今の沼津は、俺達を見て育ったバンド達が頑張ってくれている。
オレがやらないで、誰がやる!
シアトルに出来て、沼津に出来ない理由はない。
「THINK GLOBAL/ACT LOCAL」
GOOFYの1999年に作ったTシャツのプリントだ。
昔も今も、オレの心にずっとあり続けるもの。
本気のヤツだけ来い!
コメント(1)
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Endy

始めまして。群馬県に在住しています、ウランと申します。現在32歳、男です。僕が始めてグーフィーズホリデイの存在を知ったのは、10年~12年前だったでしょうか・・当時組んでいたバンドのギター担当のS君が「ジャケ買い」したことから始まりました。
「Maybe tomorrow」 1曲目 「Sail Away」イントロでまず、2人してぶっ飛びました(笑)前半、序盤、終盤どこをとっても、脳裏に焼きつくほど、とても熱く、力強く、そしてどこか切ないメロディ。好きにならないわけがない。確かに、他のバンドもよいメロディを聞かせてくれるバンドはいました。しかし、グーフィーは何ででしょう・・・ほんとに、「こころ」に響いたんですね・・・。その当時、僕もバンドをやっていて、正直、「負けた・・・」と思いました。その悔しさをあっという間にファンという位置づけに変換してしまったグーフィー。
ブログに対してのコメントでなく申し訳ありません。以前から、ブログの存在は知っていたのですが、今回いろいろなタイミングがそろって、コメントさせて頂きました。 長文申し訳ありません。本当はもっといろいろ書きたいのですが、次回にさせていただきます。 微力ながら応援させて頂きます。お体に気をつけてください。失礼いたします。