グルメ: 2009年3月アーカイブ
「あ、そうだ。」
おもむろに思い立った私の足は、自身の思考を熟慮する前に既に動き出していた。
ここは大阪。
私にとって思い出深い街ではあるが、故郷ではない。
その勝手を知らない私は、文明の利器である携帯電話を駆使しながら目的地へと向かう。
ヘッドフォンから流れる小粋なオルガンジャズは、雑踏に紛れた私の存在を際立たせる。
流れ行く景色と人混みの中、まるで滑る様に歩みを進める。
春の薄曇りの穏やかな光は、オルガンジャズのBPMと同期した点滅信号の向こうから緩やかに差し込んで来る。
直進。
左折。
右折。
連休を控えた人々の期待と少しの疲労の混ざり合った優しい匂いのする商店街を抜けると、その目的地は私を待っていてくれたかの様に静かに、しかし確実にそこにあった。
「受け継がれた逸品 グランド・マザー・カレー」
あの日から、もう一年も経ったのか--。
毎年恒例のイベントとなっている、Coco壱番屋の原点とも言えるカレーのシーズンなのだ。
このイベントは私自身にとっても、非常に大切なイベントなのだ。
日本が印度になればいいと願った幼少時代。
私は相も変わらず、カレーを愛し続けている。
祖母は、健在だ。
入り口をくぐると、そこはパラレルワールド。
カレーを触媒とした、数多くの日常が溶け合う人間交差点。
今日は初めての大阪日本橋店。
店内は案外狭く、カウンターのみ。
初めてにも関わらず見慣れた情景と感じさせる店内に安堵感を感じ、私はグランド・マザー・カレー300gにカニクリームコロッケとうずらの卵のフライをトッピングして注文。
初めての二品トッピングに僅かな緊張感を憶えながら、乾いた口に水をひと口流し込む。
それにしても、先程から感じる喧噪感と不安感は何なのだろうか?
店内に目をやると、恐らく韓国人であろう女性が片言の日本語で、しかし凄い剣幕で携帯電話に向かって何かを捲し立てている。
しかしそのスプーンは動きを止めず、サイドオーダーのサラダの皿にはきっちりとキュウリだけ残している。
もう彼女はカレーを食べに来たのか、電話をしに来たのか、キュウリを残しに来たのかすっかり分からない。
異国の人間には、カレー道の奥深さは未だ伝わらない様だ。
目線を戻すと、目の前では店員が忙しなく働いている。
ガリガリガリクソンの面影を落とす彼の表情を観察すると、その鼻からおびただしい数の鼻毛が、まるで外界を一目見ようとしているかの様に我先にと顔を出していた。
すっかり食欲を無くした私は、自らのペースを取り戻さんとばかりにひたすらに集中力を高める。
しかしカウンター右側からは、相も変わらず不安定な日本語。
横目で覗き込むと、残したキュウリ。
殺伐とした店内は正に戦場である。
その戦場の前線から、鼻毛店員が私の前に何かを差し出す。
そう。
毎年恒例、スプーンの抽選だ。
しかし食欲を取り戻す闘いに忙しい私には、最早スプーンなどは興味の対象外。
ハズレくじをテーブルサイドに置くと、タイミングを見計らった様にカレーが到着する。
その運ばれて来たカレーを不用意に口に運んだ一瞬、私の脳裏に鮮烈に蘇る記憶。
熱い。
今年も熱過ぎる。
慌てて、しかし周囲には悟られない様にコップの冷水で口内を冷やし、涙で滲んだ視界を瞬きで拭う。
右には、携帯片言カレー(キュウリ)。
正面には、ガリガリガリクソン(鼻毛)。
左側には、ハズレくじ。
正に四面楚歌な状況で口に運ぶ私は、食欲減退。
最早これまでかと思われたその瞬間、私に勝利の女神が微笑んだ。
福神漬けだ。
その酸味と甘みと温度が、私を平常心へと戻してくれたのだ。
「たかが福神漬け」とみくびっていた自分を恥ずかしく思いながら、その歯応えとカレーのハーモニーにしばし酔いしれる。
幸せとは、こういう事だろうか。
小さくて、甘酸っぱくて、いつも気付かない当たり前の場所にこそ、幸せは隠れているのだろう。
紅色の天使の愛に包まれながら食べるカレーは、あの日あの時あの場所の小さな思い出の味がした。
私はカレーに愛を見出した事を少し照れながらも誇りに思い、その味を祖母の面影と照らし合わせながら、少しはにかんだ。
「世界中の人に、このハーモニーが届きます様に。」
そう思いながら店を後にする私の口内の火傷の跡は、ヒリヒリとした失恋の傷の様だった。
ありがとう、カレー。
(第45回 全日本カレー協同組合連合会主催「カレーと私」作文大会優秀賞受賞作品)
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